6月22日(月)
別れ・・・
昨日の日記に書いた植村氏。近々九州の方へ帰ってしまう。以前はグラフィックデザイナーとして活躍していたこともあってユーミンのLPジャケットのデザインとかもしたことがある。そんな人がなんでこんな田舎の高知の、しかも朝倉の地図に載ってるかどうかもあやしいようなところにいるんだろう?
それは秘密です・・・(^.^)
パソコンの様子がおかしい、近々向こうへ行ってしまう・・・、その連絡を受け、即会うことにした。ちょっとそこらでは見ない人材だし、いい人に会ってラッキーと思ってただけに残念だ。
昼の日中に3時間くらい話をし、そこへ僕を植村氏につなげてくれた龍史君が電話をかけて来た。
「この前の琴平の時のギャラを渡せるようになったんですけどー」
龍史君はまだ植村氏の脱高知を知らなかった。
その場で即、送別会を決定。今日話して今日送別会なんて、まるで「早く出ていけ」みたい(^^ゞ
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一次会で話に興じ、二次会で話に興じ、三次会はDrunk Music Kazへ。
実は店の看板の明かりは落ちていて、僕らは強引な押しかけ客の様子もあった。
友達が亡くなったと言うことで和明氏は少々ご乱調。店の片隅に用意したマイクで歌えと言う。歌を作ってた、歌を歌ってたといいながら僕の歌もギターもボロボロ。なにかとヤメようとする僕を彼は許さない。
だんだん腹が立って来た。抑える気も失せて来て・・・。その雰囲気を龍史君たちがそらそうとしてくれる。それでも和明さんはそこから離れない。
いいじゃん、僕にそれだけからむのは僕にその価値をみてくれてるってことだ。僕もまっすぐ腹が立てば腹を立てよう。でも、そんなこと今日記を書いてるから書けることで、その時はケンカするならケンカでもいいよ、の感覚。その方がよっぽど誠意あることとさえ思った。来いよ、やってあげよう。(ホントはもう少し品がなかったですー。)
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誰だか知らないけどこんなことの向こう側で人一人死んでいる。だから、これくらいなんでもないこと。誰だか知らないという僕に対して和明さんには死んだらいかん誰かだった。絡む相手は誰でもいいんだ。そしてそれが僕だったことはもしかしたら名誉なのかも知れない。
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しかし、チクショーだな(^^) こんどはしっかり歌って、ついでにそこらに何人か客がいたら一緒に泣かせてやろう。というか、自分が泣いてやろう。だから、なんでも分かってるような通気取りの物知り顔の客は排除しましょう。また行くから。
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ということで店を出たのは朝の6時半。植村氏の送別会はどこへ行ったんだろう(^^ゞ もう一回やりますかー?(^^)