2005年11月6日(日)

移動・結婚式・再会

 昨日の夜9時過ぎに高知を出た。今回は初めてのコース。須崎から東津野、梼原、大洲、八幡浜を経由して佐多岬の三崎港へ、そこからはフェリーで大分の別府に渡る。このコースはいくつにも分岐する道路の中、全て国道197号線で貫かれているので分かりやすい。

 帰る順路を昨日の朝検討した。僕の車は雨の日は窓が曇って(エアコンが効かない(-_-;))とても怖い思いをする。天気が悪かったら即JRでの帰省にしようと思っていた。ところが昨日の朝は上天気。「よし!車だ。」フェリーの時間を調べると到着時刻がどれも中途半端で結局は午前4時40分三崎発のものに決定。そして、夕方頃からだんだん空が曇ってきた。今更JRは無理。ギリギリねらいは危険なので早めに出た。余った時間で仮眠をとればいい。

 初めての道で距離があり、上り下りとウネリクネリが激しく、夜で、しかも進むにつれ雨も降り出し、カーステレオも調子がおかしくて気を紛らす材料がない。アイヤー!四国の山越え、一人っつうのは怖いヨ。

 三崎には1時に着いた。その頃には雨も激しく降っていた。早目に出て良かったナ。3時半くらいまで仮眠を取った。携帯のアラームで起きると、辺りはまだまだ真っ暗。ほんとにここからフェリーが出るのか??4時になって辺りがカァーツと明るくなった。野球場の照明設備のようなライトで辺りが照らし出される。乗船手続きも分かりやすく、無事別府へと。

 7時、別府に着いて、ハタと気がついた。三崎までの順路で精一杯でこの後のことを一切調べていない。なあに九州の高速に乗って鳥栖から長崎に南下すればいいはず。でも九州道に乗るにはこの別府の町をどう行くんだろう?フェリーの中でも寝ていたから、寝ぼけた頭はうまく働かん。そのかわり、不安感覚もボンヤリしていてヘンに平気。標識を見ながら走るうちに高速に乗っていた。そして、そして・・

 霧、霧、霧・・・。

 50m、いや15mくらい先も見えない時もあった。こちらはまじめに時速80kmくらいで走っているのに、他の車はどんどん追い越して行く。台数が少ないのとずっと二車線だったから良かった。後で聞いたら、あの時は50k制限だったらしい。まあ、なんとか長崎到着11時。雨やら霧やら天気はよくなかったが、窓が曇って前が見えないというのはなかった。曇り止めのスプレーで念入りに拭いておいたのがよかったナ。

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 本日の新婦の母親は僕の4歳上の姉。結婚式場が見えるところに住んでいて、式は午後3時頃からなので、そちらにお邪魔する。マンションの8階、その窓から見る長崎の町は坂だらけ。山の中腹までびっしりと家が立ち並んでいる。このマンションも坂の途中にあって、駐車場の下に4階、そこから上に4階あるという、山の斜面に四角い箱を当てて、ひっかかる下の部分を斜めにちょんぎったような建て方。長崎県出身でありながら、郡部ばかりで暮らしていた田舎者の僕には珍しい風景。まあ、ホントに坂の町だワ。

 最近の結婚式では仲人を立てず、新郎新婦の紹介は司会者や友人などがするというのがほとんど。今回の結婚式ではさらに新郎新婦がお互いのことをみんなに紹介するというやり方で、幸せ感絶頂のデレデレ・・イヤ甘い紹介だった(^_^;) いつまでもその感じ忘れないでねー。幸せにこしたことありませーん。現実というものはいろいろと障害を運んで来てくれるけど、それくらいで今の感じ忘れちゃいかんヨー。生きてるだけでもスゴイことなんだからネー。

 式は、酒も入り、友人知人、会社の上司の方などの歌や出し物で賑やか。今の時代はみなさん気の効いたジョークや振る舞いが即興で出て来てみんなバラエティのタレントみたい。

 最後の万歳三唱を僕の兄が受け持った。この兄もちょっとした洒落たことを言って人に受けるのが楽しいというところがある人。

 それが、必要最小限のハキハキと、でも朴訥で勢いのあるあいさつと万歳のリードをした。

「わたくしは本日の新婦○○の叔父に当たる宮城○○というものです。本日は・・・」

 なんの小技も使わずに必要最小限。言葉に勢いとひたむきさがあり、一気に万歳三唱へと突入。

「万歳!万歳!万歳!」

 会場の空気がビシッとしまって、万歳の後にそれが充実感を伴った開放感へと変わる。

 あちこちで「よかったぁ・・」の余韻。

 さすが、僕の兄貴!!僕がどんなもんかあやしいけど、そう思ったヨ。

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 式の前に、ホテルから圭之助に電話した。不在だったが奥さんに今僕が長崎に帰っていることを伝えてくれるように頼んでおいた。

 式が終わって部屋でひとくつろぎしたところで圭之助から電話。

「長崎にはいつまでおっと?」

 彼は長崎弁。

「何日かはいたいんだけど、さすがに水曜には高知に帰る予定なんだよ。」

 僕は完璧な標準語。(ウソだけど・・)

「おいがさ、明日もあさっても用事のあっけん、会うないば今日が一番よかとばってんさ。今どこにおっと?」

 場所を説明すると彼の家は割と近いところにあるらしく、今から来るという。

 おうー、久しぶり。一緒に軽く飲んでいた兄と圭之助とでしばし話をし、兄はそこそこで退座した。

 10年ぶりぐらいなのだが、とても懐かしいかというとそうでもない。10年なんてあっという間で、10年で変わるのは成長の著しい世代の話。我々はそう簡単には変わらない。

 時々の「生きてる確認」というか・・。

 これで、また10年会わないかも知れないのだが、さらりとした再会と別れ。

「そいじゃ、またな。」

「うん、元気でな。」

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 高知から長崎まで来て、結婚式があって、圭之助と再会して、中身の詰まった一日だった。