2005年12月1日(木)
昨日は2時過ぎまでリナックスをいじって、今日は6時に起きて又ひと作業。目標の9時まで頑張って結果はバツだったが、頭はすっかりバリバリだ。1年以上触っていないリナックスの感じもすっかり元にもどった。あの頃よりも今自分がやっていることは見えている。ひとつやってダメ、次の方法でまたダメ。「ダメ」だけに焦点を絞ればガックリ来るけれど、そうやってひとつひとつ可能性を確かめて行って、「もうこれしかない解決」にたどり着くのならそれも又前に向かって歩いているとも言えるのだろう。
前向きだと思うとどこかで安心するこの心理はどういうものかはワカランのだが・・・。きっと目が顔の前の方に集まってるからかも。
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今日は谷病院でも、その勢いでリナックス作業をさせてもらった。考えられることはほとんどやって、残るは二作業くらい。それは時間切れで、またパソコンは預かって来た。これでダメなら、去年の導入時の作業をまたやることになる。でも、これだけやればそれも苦にはならない。問題はその間谷病院の情報共有システムが止まっていること。頑張らなくちゃ。
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午後6時にネットの接続設定が1件。これが自宅のすぐ近く、喫茶「ブラウン」の前のお宅だ。こんなローカルな名前が出てしまうほど同じ町内での設定仕事。
お客様のHさんは同世代か少し下の世代の男性。それがまた不思議な縁で・・・。
Hさんのパソコンは自作もの。「自作」と言ってもネット設定の場合は、パソコン工房とかアプライドなどのショップブランドものも「自作」扱いになる。NECとか富士通などの有名メーカーのものは「自作」ではない。僕はHさんのパソコンもてっきりショップで買われたものと思った。
「これはどちらで買われたんです?」
「いえ、これは身近にこういうことに強い人がいて、その人に作ってもらったんですよ。」
「そういう人がお知り合いにいたらそれは安心ですねぇ。」
「もう亡くなってしまったんですけど・・」
(じゃあ、パソコンをいじるのが好きなおじいちゃんだったのかな?)
「井上先生って言って・・・」
(ハァッ?)
「井上ってイノウエ○○ですか?」
まあ、こんなところにもあいつが出て来るヨ。そうか、このパソコンはあいつが作ったのか・・。それを僕がこうして別ルートの仕事でやって来て、ネットの接続設定で触るなんて、どちらも思いもしないことだよな。
Hさんはある工業高校の教員で、彼とは同僚だったとのこと。このパソコンを作ってもらって、それが彼の形見になってしまった。
この日記にも何度となく出て来る僕の昔の家庭教師の生徒、後になっては先生も生徒もない友達、仲間のあいつ。
おっかしいなあ。こうしてみると君はまだまだ充分生きてるみたいだな。
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こうなると設定しながらもいろいろと話がはずむ。Hさんは以前僕が配ったチラシを大事にしまってくれていた。
「いつか必要になるかも知れないと思って取っておいたんですよ。そうか、このチラシの人があなただったわけですか。」
見れば、そのチラシは3年前、この仕事を始めたばかりの時に配ったもの。その時はA4を縦に使っていた。
そのチラシを見たら、もしもの時のために取っておきたくなるものを作ろう。そして、それは新聞オリコミなどではなく、自分の足と手を使って心をこめて配ろう。そんな思いで作ったチラシ。その思いは通じていた。
少々寝不足で明日が心配だった気持ちもすっかり晴れて、元気!!
やっばり、この仕事は正解だわ。