2006年1月8日(日)
今、「生活」というものを味わって楽しんでいます。
女房亡き後・・、違うわ、一家の主婦一時不在の今、宮城家では家事を親一人子二人でこなしているのですがこれが面白い。いろんな発見があって、僕の成長のためにはもう少しこのままでもいいかな(^.^)
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食器洗い。
洗剤であわ立てたスポンジが食器に触れる前に出来る限り食器の油分その他の汚れを取っておきます。それにはB5サイズくらいに切った新聞紙が活躍。新聞を半分、半分、半分に折りながら切ったものを用意していて、それを惜しみなく使います。水分を含むと新聞紙は思い切り縮んでしまうので、どんなに使ってもゴミがかさばったりしません。その新聞紙を食器洗いの前の段階でフルに使う。最終的には洗剤で洗うから気持ちは安心です。でんぷん質や油で汚れた食器や鍋、フライパンなど新聞で一度清めておいて最後に洗剤つきのスポンジで洗います。文字で読むと手間なように見えるけど、実はこちらの方が時間を短縮出来、作業の結果がよくなります。
料理に使った鍋やフライパンなどは温かくて汚れが落ちやすいうちにサッと洗ってしまう。ラーメンを作ったら、その場で鍋を洗う。熱い鍋はアッという間にきれいになるので、ラーメンが伸びる隙もありません。大事なのは「熱い内」。「鉄は熱き内に打て」と一緒。
ゴミ。
生ゴミは狭い庭の畑の一部を掘っておいてそこに埋めています。ゴミの量を減らすと同時に生ゴミの肥料化をねらっているのですが、実は生ゴミに含まれる塩分などは土改良にはよくない。ここらは近いうちに手作りの『コンポスト』で解決する予定です。大袈裟に言えば『バイオ導入』ってか。
圧力鍋
これが一番面白い。圧力鍋は鍋の中が2気圧くらいになるように調整されていて、その環境では水の沸点が120℃くらいになります。そのため、高圧、高温度での調理になって、極めて短時間の内にムラのない調理がなされる。などと言いながら、実際には炊飯、スパゲティ、ゆでタマゴくらいしかやっていないのですが、理科の実験っぽくて面白い。鍋の密封性と気圧調整のメカニックな感じ、ガスの使用量が通常の1/3程度で済んでしまう経済性。
でも、それよりもなによりも、調理中の目配り、火配り、時間配り、つまりは気配りの大事さがひとつの発見です。圧力鍋は短時間の内にことが済んでしまうので、ちょっとした時間配分の違いでごはんの底がコゲ過ぎたりしてしまいます。電気炊飯器のように「ボタンひとつで後はほったらかし」にならない。
シューシューと噴出すご飯の炊き上がる匂いにひとつひとつの米粒の存在が浮き上がり、その向こうにその米を作っている生産者の方の様子まで浮かび上がって来て、今こうして在ることの有り難味を感じます。
『ボタンひとつで後は放ったらかし』の『便利・簡単』は『気を配る』という人の感性を鈍くする。昨今、あちらこちらに見聞きする親子のぎこちない様子って、家族で一番大切な「お母さん」の感性が「簡単・便利」な家電製品のせいで鈍くなっているということも原因にあるのではなかろうかと思ったりします。
そして、我々大人も手間ヒマかけてなにかをやりとげることの幸せを家電品に明け渡してしまっている。
汗かいて、手間かけて、工夫して、こちらの気持ち次第で、朝起きてから夜寝るまで、普通の生活の中に幸せはいくらでもころがっていると思う今日この頃、幸せ過ぎて仕事がなくても笑えてる自分が後々まずいんじゃないかと、ふと思ったりもしていまーす(^_^;)
アハハ、頑張らないで頑張らなくちゃ(^.^)!!