2009年3月13日(金)

「綴り方教室」

 今日の午前中は10日に書いたT鉄筋さんのところの後作業で訪問。違う棟でつなげている無線LAN、以前はノートパソコンだったので電波が弱くてもパソコンの場所を工夫することでなんとかネットは利用出来ていた。でも今回買ったパソコンはデスクトップタイプで簡単に場所を移動出来ない。USB差し込みタイプの無線子機をUSB延長ケーブルで無線親機のある棟に近づけるというのを今日はやってみた。

 でも、それはうまく行かなかった。鉄筋を扱っている会社ゆえか、建物にはやたらと金物が多く、おまけに今日は雨で、こういうのって電波の到達のためには条件が悪い。仕事場のネット利用に関しては、親機がある事務所のパソコンの運用方法を工夫することで対処することにした。一番いいのはいっそのこと配線して有線でつなぐ方がいいのだが、そこまではしなくてもいいとのこと。

 今日の訪問の主な目的はこの無線のこととメールソフトの設定だったのだが、折角僕が来るならということだろうか、他にも結構やりがいのある(大変なという言い方もある(^_^;))相談事があって、午後のU田さん訪問を少し遅らせてもらうくらいのことになった。これくらいに当てにされるというのは嬉しいことだ。

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 U田さんのところで見せて頂いた映画、「綴り方教室」。

 主演の高峰秀子のなんと初々しいことか。

 又、昭和初期の人々の暮らしぶりの素朴さ。

 「貧しい」という言葉が意味する本当の姿。貧しいとはこういうのを言うのだというくらい家の中になんにもなくて、そういう家が隣近所にいくつも並んでいる様子。

 今の時代、貧乏だ、金がないと言っている人間が実際にはいかに物質的に恵まれていることか・・。

 でも、貧しいのはモノ、金の問題で、決して心は貧しくはない。逆にあきらめることを知った強さと明るさもある。

 高峰秀子の子役時代の魅力、もう1回言っておきたいなぁ。

 子供の頃、「緑園の天使」というタイトルだったろうか、洋物の映画をテレビで見て、その主人公の女の子に絶対的な魅力を感じたことがある。それがもうその時点でしっかりと大人になった大物女優のエリザベス・テーラーの子役時代の姿だと知っても、その主人公の女の子のイメージは何も変わることなく映画の登場人物としての魅力を持ち続けたままだった。

 今回見た高峰秀子の子役時代の姿もそれと同じようなところがある。映画の中で時が止まって、その後の高峰秀子の姿を知っていても、それとは別に、「綴り方教室」の中の主人公としてそこで光を放っている。いいものとはこういうのをいうんだろうなぁ。「馬」という映画の中の高峰秀子にもそういう光がある。

 高峰秀子さんの映画を全部見てみたいような気にさえなっている。

 今現在の世界でさえ知らないことばかり・・・、そんなことが過去にも及ぶとすると、時間がいくらあっても足りないくらいだなぁ。

 世間には素敵なことが一杯ある。