2010年2月10日(水)

グドラック

 南国バイパスの、高知から南国に入ったばかりのところにグドラックというレストランがあって、そことつながったホリデイ・イン・高知という結婚式場があるのだが、今日と明日はそこで詩吟の会がある。ホールを使わずにこういうところで舞台仕事というのは珍しいパターン。

 朝、グドラックを目指して車を走らせながら、高知に来たばかりの大学1年の時の頃を思い出した。グドラックは僕が高知に来て初めてアルバイトをしたところ。朝倉からNTTの東局の前まで出て行って、そこへ店の人が車で迎えに来てくれてたっけ。

 長崎の県庁所在地とはほど遠い小浜という温泉地から高知の真ん中に出て来て、大学にはいろんな県からいろんな人が集まっていて、それだけでも珍しいことだらけだ。それに加えて初めてのアルバイト。

 ここでもいろんなことが珍しかった。

 「こういう水商売では、朝だろうと夜だろうとあいさつは『おはようございます』と言うんですよ。それから、お客さんが苦情を言われたら、それが正しい正しくないにかかわらず、お客さんが正しいんですよ。」

 今みたいにマニュアルでものごとが細かく規定されてない時代、母親と同世代くらいに見える支配人の女性は最初にそう教えてくれた。

 高校時代の黒いズボンに上はカッターシャツに蝶ネクタイ。水や料理を運ぶトレイは三つの指でささえて・・。

 「これとこれ、どちらがおいしいです?」

 メニューを見ながらお客様から聞かれると、最初のうちは正直に「ウッ」と詰まってしまう僕だった。

 ついこの前まで高校生で喫茶店にすらろくに入ったことがないし、レストランでものを食べるなんて無かった。これは時代がそういう時代だったということもあるが、住んでた環境がそういうところというのもあったんだろうと思う。同時代の人でも街中に住んでいた人は僕ほどじゃなかっただろう。

 九州なまりが抜けないまましかも世間知らずの僕は、一緒に働くウェイトレスや送迎の人に珍しがられたり面白がられたりで、それなりに皆さんに仲良くしてもらった。ウェイトレスの中には2歳くらい下の社長の娘とか、少し年上の支配人の娘さんとかもいたんだけど、皆さん変わりないんだろうか?

 って、変わりないわけないな。変わってなけりゃ、社長の娘さんはまだ高校生ってことになってしまう。明らかに今は50台なんだもん。

 グドラックで出すお茶はとてもおいしかった。業務用の細かく砕けた「くず茶」とでも言ったらピッタリ来るようなものなのだが、それは「玉露のくず茶」で、それを茶漉しに盛って湯飲みの上に置き、熱いお湯を通すと普通の茶葉で入れるより一瞬でおいしいお茶が出来る。そんなことでさえ、珍しくて驚いたものだった。

 忙しい時間が過ぎて、調理場の奥で食べるまかない食もおいしかったなぁ。

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 すっかり、ノスタルジー。現場に行けばさらにそれが募るのか・・・

 なーんてことはすっ飛んでしまった。

 結婚式場も一種の舞台なわけだけど、ホール的な仕様ではないから、搬入が大変。

 結構な力仕事になって、目の前の現実に呼び戻されたミヤギ君なのであった。

 それに、「ホリデイ・イン・高知」はその頃まだ隣に建っていなかったしネ。