2010年5月14日(金)

直るものは直る・・

 U田さんのお宅に行く前に日赤に入院している義理の父の様子を見に行った。

 2月初めにICUに入った時は今にもアチラに行ってしまいそうで、毎日のように病院に行っていたが、父は有言実行で「不死身」ぶりを見せ見事に蘇った。それからも義理の母、実の娘、息子は毎日のように面倒を見に行っているが、大丈夫と分かるとケロリと暢気な気分になる僕は、仕事のタイミングやお天気の加減でしばらく顔を見に行っていない。入院からかれこれ3ヶ月余り、そろそろ退院の声も聞こえ始めている。

 病室に入ると義理の母と近所のお友達がいて、病院食以外にうなぎやら漬け物やら持ちこんでいて、「あれ食べなさい。」「これ食べなさい。」とやっている。ちょっとした院内ピクニック?

 「病院食は薄味やきね。このドレッシングをかけたらおいしくなるよ。」

 アハハ、病院食も治療を考えての献立だとしたら、この一族は掟破りをやってるな(^.^)

 まぁ、そういうことやりながら父は回復して行ってるし、「今日は食欲がないき、もうエイ。」などと自分の具合と相談しながら食べているようだから大丈夫だろう。出されたものを何でも平らげてしまう僕とは少し違うようだ。

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 U田さんに父のことを話した。

 「ICUにいる時には、いろんな管が一杯つながれて、あれが無かったらさすがに死んでたんでしょうかねぇ。」

 「いえ、それがねぇ。家族によってはいろいろ処置をしてくれるなという時もあって、なるに任せるしかないというような時もあるんですが、その状態で病人が回復するというようなことも結構あって、どうも『直るものは直る、直らないものは直らない』というのが一番の正解じゃないんでしょうかねぇ。何かしないと気持ちが落ち着かないから、診る側は「やるだけのことはやった」という気持ちになれるんでしょうけどねぇ。それをやったから直ったのか、やらなかったら直らなかったのかは分からないものですよ。人には寿命というものがあって、それまでは生きるようになってるような気がしますねぇ。」

 そういうU田さんも不死身の人。いろんな病気を一切医者に見せないで(まぁご自分が医者だけど・・)、薬も使わず自然治癒力だけで回復して87歳の今に至っている。我が義理の父よりも3歳年上だ。

 こういう話をいろいろ聞くので、僕も病院にかからなくても全然不安を感じないでいられるのだが、僕は人を納得させられるほどの根拠は何も持っていない。せいぜい蕁麻疹が出てもサバを食べ続けて、蕁麻疹が出なくなったことくらいか・・(^_^.)

 サバは大好物なのに蕁麻疹ごときに僕の食べ物の選択を決められたくないというのが、その時の気持ちだった。まぁ、もっと若くて強気だった20代の時のことで、今そんなことが出来るか定かではない。