2014年9月14日(日)
夕方、T内さんのお通夜へ。
車に飛び込んで来る空がきれい。
T内さんこういう空も見れなくなっちゃったんだネ。
このひと月半、日常の景色を見るたびにそんなことを感じていた。T内さん、僕が見ているこういう風景が見れなくなってしまうんだろうか・・・
ゴチャゴチャした、人間の欲や余裕の無さがうずまいているような風景は別に二度と見れなくても平気だけど、そんな時だって、見上げれば青い空がある。
今年みたいに晴れた日がほとんどない日だって、垂れ込めた雲の上には青空と太陽が輝いているはず。
普段見過ごしている日常の風景とその向こうには沢山の生きている価値があふれているのに、それに触れられなくなるのが逝ってしまうということ?
T内さんは逝っちゃったのに、僕はまだこちらにいるのは何故?
生きてるってどういうこと?
答えが出ないことだけは分かっている。
・・・・・
空がきれいなのはいいよネ・・。 T内さん、聞こえてるかなぁ・・
お通夜やらお葬式やら、沢山の人が来てくれるから、今はそれどころじゃないか・・。