2020年 10月28日(水)
今日の仕事は午後イチの「のコポ」でのパソコン教室。
午前中は自由に使えるので、皮膚科クリニックへ。
右目の下のシミをつまんでいる内にイボみたいになって、それが視界の下隅に入って邪魔なんだけどこれってなんとかなりません?
「冷凍療法というのがあって、ちょっとチリチリするかも知れないけど子どもでも平気だし、高いものでもない、そういうのがありますヨ。1~2度やったら取れると思います。」
早速やってもらった。液体窒素を5回ほど患部にくっつけるのねぇ。2度が3度でもいい。これが取れると気持ちが若返るはず。来週も来ることに。
ハダはすべすべがいい。
って、65歳がいうことか!!
でも、集中力を削ぐものはない方がいい。相談してみるもんだ。
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売れてない漫画家T島さんに、1ヵ月来の宿題のDVDを届けた。
僕としては解放感。その陰で新しいノウハウも身に付けた。これは友達としての頼まれごとで何の利益もないけど、この達成感は結構な利益かも。
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「のコポ」は最後のエクセル教室。今後は仕事としてエクセルファイルを触りながら、僕がいる時に困りごと相談をしてくれればいい。おそらく5分もかけず説明できるだろう。
とにかく、自力解決を目指さないと何も身に付かないので、「至れり尽くせり」はやらないノダ!!
11月からはWordをやる予定なり。
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今日聞いたいい話。おくふじ新聞が高知新聞に取り上げられた。
僕が何年も前から頭の中で描いていたことが本当になった。
完全ボランティア、紙代も切手代も自分持ちで発行し続けているおくふじ新聞。それは、県内在住、全国に散らばったおくふじ出身の人たちの絆をつないでいる。これが新聞社の目に留まったらきっと取り上げられるだろうな・・・。
新聞には書かれていないけど、奥さんが旦那さんと一緒におくふじ新聞を作ろうと思ったのには、「私がいなくなったら、この人はきっと一人ぽっちになってしまう。ふるさとのおくふじの人たちとのつながりを取り戻せば寂しい思いをしないで済む」ということもあった。
それは、すぐに起こった。新聞に取り上げられる時点では150号を超えているけど、発行を始めてすぐに奥さんが言ったとおりのことが起こったのだ。
K松さんは、奥さんが亡くなった月もそれを記事にして新聞を出した。僕はその気丈さに驚いたけど、後から聞くことに、それ自体が奥さんの遺言の一部でもあったのだ。とにかく出し続けるのヨと言いたかったんだと思う。
新聞に取り上げられた時の反響はかなり大きなものらしく、おくふじ出身の方から電話が入り、最初の頃の新聞が欲しいというような要望もあったそう。
新聞を作るソフトは途中でバージョンアップしていて、初期の新聞は前のバージョンで編集しないといけない。そのSOSの電話で新聞に取り上げられたことを知ったワケ。
「のコポ」に出る直前だったので、チームビューワーで遠隔で説明させてもらった。
奥さん、ほんとにいいことして、去って行ったなぁ。
https://www.kochinews.co.jp/article/396817/ ← ネットにも出ていました。